歯科遠隔医療オフィシャルブログ

歯科遠隔医療を考えるオフィシャルブログです。

ブログは「実家のごはん」みたいなもの

最近真面目なコラムやら口腔ケア関連の連載記事を書かせていただいてまして、

こんなにたくさんの機会をいただけたのも、いつも助けてくれる友人や先輩方のおかげです。

本当に嬉しい、

この場をお借りしまして、ありがとうございます。

 

もともとわたしが書いていたものは、研究の論文やこのブログくらいしかありませんでしたが、

ブログ記事が400を超えたあたりで、各所からお声をかけていただく機会が増えたような印象です。

 

 

記事がたくさんあるということは、人の目に触れる機会がたくさんあるということですが、

たとえ目に止まって読まれても、それだけではスルーされて終わります。

 

記事数に加えて、さらにオフラインでの繋がりや「初めまして」の編集者の方から、

「あら長縄先生!歯科遠隔ブログの!?」的な、

ブログの管理人と編集者がたまたま対面して、読んだことあるっていう潜在的な記憶と本人が合致して、

さらにその編集者が知り合いの知り合いだったりすると何かしらの企画がはじまります。

 

そんな感じで真面目な記事はそちらで、毎回お題をいただいて書いていますが、

やっぱりこのブログが気楽で良いです。

「毎日食べるご飯は家で適当に作るから飽きずに食べられる」のと同じ、

まじめな料亭の和食でも毎日はしんどいので、

やっぱりお家が一番ということで。

 

 

最近主夫業も板についてきた気がしています。

「毎日のごはん」も「毎日のごはんみたいなブログ」も、これからも細々と続けていきます。

 

さて今日はお茶をいれて本でも読もう。

みなさんもよい週末を。

 

「思いつき」を人に話して大抵相手にされないけど楽しい。

アイデアというか、アイデアとも言えないような「思いつき」はとりあえず誰かにすぐに話すようにしています。

私の「思いつき」を突然聞かされる方々には申し訳ないと思っていますが、話しながら思いつきがアイデアに変わって行ったり、実際にプロジェクトとして始まったものもいくつかあります。

 

ただのアイデアで終わるのか、本当にやってみるのかの違いはおそらく、

解決させたい課題があったり、社会的な意義があったり、

「そんなの何もないけどすごい楽しい」とかで。

 

ただ、

一昔前からずっとどこかで誰かが言っている「考えてるひまがあったら行動しろ」的な話はそりゃまあそれでいいこともあるのでしょうが、

やっぱり何かを作るってなったら思いつきで始めちゃダメだと思うし、

 

この世に無駄なものなんてないのかもしれませんが、

それでも「それいらねぇ」ってものが出来上がっちゃったら嫌なので、

 

思いつきはたくさん人と共有して、みんなでゆっくり考えて始めるものは始める、

始めたらやり抜くってのがいいのかなあ。

無印のカフェでみんなよく噛んで食べてる。

無印良品のカフェで原稿を書くことがよくあって、フロアも広くて天井が高いし心地がよくてさいこーです。


私は食事はしないのですが、健康に気をつかっているであろう無印っぽくて幸福度が高そうな人たちが一生懸命噛んで食べているのがよく目に入ります。


とりあえず皆さんほんとによく噛んでいて、

おそらくよく噛まないと飲み込めないタイプのご飯なんだなと。


根菜が多くて五穀米とか、鶏肉も柔らかいももじゃなくてささみとかむね肉とか。


もう本当によく噛む。

ということで、

BOCプロバイダーと無印良品で、食や咀嚼、嚥下についてのコラボイベントなり何かしらをやりたいと思います。


知り合いをぐるぐる回っていったら関係者に辿り着きそう。

世界が歪んで見える。

最近右目が見えなくなってきて、昨日新しいメガネを作ったのですがなかなか慣れないんですが。

 

近くがよく見えるようになったんですが歪んでて、PCの画面が大袈裟に言うと台形に見えてる。

階段踏みはずすし、

慣れるもんですかね。

 

合わない入れ歯使ってると潰瘍ができちゃいますけど、

合わないメガネつかってたらどうなるんだろ。

主役じゃなくていいけど、あったほうがいい「壁に優しい絵画」

コンクリート打ちっ放しの大きな壁を見ていて、なんか足りないなぁと感じて、

このコンクリに合う絵が必要だなと。

 

ふだんから未完成を気にすることはないし、そもそも完成って存在しなくて

「こんなもんかな」と創作を終わらせるだけで。この壁もそうなんだろう。

 

とはいえ、それを作った本人が「これで終わり!」と決めても、「いやいやまだ足りないでしょ」と感じるひとはいるわけです。

 

今日のわたしがそれで、

このでかい壁を補う絵が必要だと感じてしまったのです。

 

あくまで「補う絵画」であるので、

絵そのものが主役ではなくて、

壁と絵がお互いの欠点を補い合うような、

ひとりじゃできないことも力を合わせればできるよと、

そんな立ち位置の「補う絵」です。

 

人に優しい絵ではないかもしれないけど、壁の欠点を補う、「壁にとって優しい絵」になったりなんつって。

 

そんなヘリクツ言いつつも、

顎関節症の運動療法レビューがJournal of oral rehabilitation にアクセプトされました。

ガイドラインももうすぐ完成するし、

どんどん進んでいてすごいなあ。

みなさんと一緒に仕事が出来て光栄です。

 

さてでは、

描き始めますね。

 

良い意味でなんとも思われない。

新しいサービスを作るとか、ホームページを作るときとかって、そのサービスを使う人やホームページに来てくれた人に「何を感じでもらいたいか」とか、「どんな行動を起こして欲しいか」と考えるじゃないですか。

 

このいわゆる「コミュニケーション」「行動デザイン」「行動変容」ってやつが、いつまでたっても出来ねぇなぁと思ってまして。

最近ではもう、「自分が人の意識や行動を変えるなんておこがましい」とすら思ってしまっていて、

 

というのも、

この「行動変容」って、わたしの日常OFP診療で考えざるを得ないんですが、

さらにわが家は変わった家庭環境で、

私以外の家族全員が精神科医で、加えて全員の専門が依存症治療という「行動変容で食っている」人達で、

普段から「行動変容」や「動機付け」で頭がいっぱいなわけです。

 

この「行動変容で食っている」先生達は、裏を返せば

「患者の意識や行動を変えられない=病気を治せない」

という、

虫歯を治せない歯医者みたいなもので死活問題なわけです。

 

別に私は患者さんの意識や行動を変えなくても、手術をしたり入れ歯を作ったりすれば報酬がもらえて生きていけるのですが、

この人達は「行動変容」させないと生きていけない。

 

そんな「行動変容で食ってる人たち」に囲まれて思うのは、

私ごときが人の行動変容を促すとかおこがましい。何言っちゃってんの的な。

こっちは生活かかってんすよ!なんつって(そんなことら言われたことないですけど)。

 

で結局わたしにできることは、

「見やすい」「わかりやすい」「簡単」「楽しい」「心地よい」「優しい」といった環境整備くらいなのかなと。

そんな感じを目指すしかないなと。

 

あえてひとの心をざわざわさせない、

良い意味で「なんとも思わない」立ち位置が実は面白かったりするのかなと。

 

さてあしたはどこで仕事しようかしら。

 

夢はすでに叶っている。

先日、加藤先生の「ヘルスケアビジネス研究会」に参加して、新年のご挨拶をしてきました。

皆さんの笑顔を見て、エネルギーを感じて、元気をもらっていつもポカポカのカラダで帰るのですが、これが約1ヶ月間持続します。コスパがよい。

 

今回の懇親会中に加藤先生が、

「私のウェルビーイングが高い」という話をしてくれたんですが、

具体的には「一年で絵を2枚売って昼からビールを飲んでいる」という。

いやいやそんなバカな、少しは仕事してるし!と思うくらいで完全に否定はできないやつ(ビールはもう飲んでないです)。

 

ただウェルビーイング。

ウェルビーイングって幸福?

自分は幸せか?とか考えたこともなかったので、

そうかなぁ、どうかなぁ

と思ったりもしたわけです。

 

 

ただ、家に帰ってゆっくり落ち着いてよくよく考えてみると(3日間くらい考えてた)、

以前のように1日中働いてストレス続きで揉め事ばかりでしんどかった頃と比較すると、

そういえば最近体調が良い、

お腹が痛くなることもなくなったし、

よくわからない眩暈もないし、

お酒を止めたこともあって二日酔いとは無縁の生活を送っていますし、

 

なんつって、そういうことではないんだろうな。

 

 

ヒマだったのでしっかりゆっくり考えてみて思ったのは、

昔から思っていたことを思い出したというか、

 

以前からずっと、

「早く自分のやりたいことができる時間とお金と余裕が欲しい」なと思ってたところで、

あーもしかしてこれは、

もう大体叶ってしまっているのかなと。

 

私の1番やりたい事は、『お茶を飲みながら考え事をしながら紙になんか書く(描く)』というエコの極みで、

ここに「ヒマと余裕と小銭」がある状態だと脳みそがキレッキレなわけです。

 

その中でもたまにビビッときてしまって、動き出したら止まらない案件に手を出すと大変なんですが、

いま行っていることも含めて、全ては大事な種まき的作業です。

大きく育ったら嬉しいなと、ワクワクしながら万年筆片手にお茶をのんでいるのです。

見た目は完全に隠居です。妻激怒やむなし。すまぬ。

 

さて話を戻しますが、

結局のところ、「自分が幸せなのか?」というのは本当によくわからなくて、

ただ毎日ご飯が食べられて幸せだし、

基本的にずっと家にいるので子供との時間もたくさん取れて幸せだし、

妻には働けと怒られる日々ですがまぁこれも幸せかなと。

 

 

一応良からぬ爆弾には備えて気を緩めたりはしていませんので、

そろそろかなとも思ってますよ。